中国西域の旅 後編|敦煌で見た、文化の融合

撮影の舞台裏や雑記

張掖をめぐったあと、次に向かったのは敦煌(とんこう)だった。
敦煌は高校時代に世界史を学んだことがある人にとって、馴染みがあるかもしれない。
私自身も世界史を齧っていて薄っすらと覚えていた場所だったので、今回の旅の楽しみの一つでもあった。

飛行機で張掖から敦煌に飛ぶ。
敦煌に近づくにつれ飛行機から見える景色は砂漠へと変わっていき、ワクワクの気持ちが高まった。
そして降り立った敦煌。ついた瞬間の敦煌空港でさえ、どこか異国の雰囲気を醸し出しており、いわゆる「中国っぽさ」が薄まっているように感じた。

敦煌。かつては、シルクロードの要所として、人や物、宗教、文化が行き交ってきた場所だ。
中国でありながら、中央アジアやイスラム圏の空気もどこかに混ざっている雰囲気で、宿泊先のホテルも、建物の雰囲気や装飾がどこかアラブっぽかった。そして、部屋からは砂漠が見えることに驚いた。

後編の敦煌では、砂漠と石窟、そして文化が混ざり合う場所の面白さに触れる旅になったので、そのことを書いていこうと思う。

ホテルの部屋からは砂漠が見えた。
ホテルのロビーにはラクダの実物大ぬいぐるみ。そして壁画デザインもどこか異国を思わせる雰囲気。

莫高窟|砂漠の中に残る祈り

敦煌でまず訪れたのが、世界遺産の莫高窟(ばっこうくつ)だった。

莫高窟は、シルクロード上の重要な場所にあり、交易だけでなく、宗教や文化、知識が行き交う交差点でもあったようだ。UNESCOの説明でも、莫高窟はシルクロードにおける交易・宗教・文化・知的交流の重要な地点として紹介されている。
岩壁には長い年月をかけていくつもの石窟が作られ、その中には数々の仏像や壁画が残されている。

しかし、数ある石窟内部の様相や豪華絢爛さにはばらつきがあり、建設したその時々の統治国家のふところ具合が読めるようだった。
また、仏像の見た目も印象に残った。私たちが普段日本で見かける仏像とは、表情や衣装、装飾の雰囲気が違っていた。仏像の衣装は、単一国文化から成っているというよりは、数々の文化の混合を感じられ、仏教が長い時間をかけて旅をしてきたことを感じさせる姿だった。

日本でも馴染み深い仏様。場所によって、ブッダと呼ばれたり、お釈迦様と呼ばれたりする。呼び方も、姿も、伝わる土地によって少しずつ変わっていく。けれど、その奥には、「ゴータマ・シッダールタ」というひとりのインド生まれの青年から始まった起源がある。
敦煌で見た仏像には、源流を思わせるような空気感…つまり、仏像自体にまだ神格化される前の人間味のある表情を感じることができ、それがとても印象深かった。

また、見学の中で特に興味深かったのは、壁画の中に、仏教だけでなく暦や天文に関する考え方、すなわち星座、曜日、月の数え方も描かれていたことだった。
日本では曜日を、日・月・火・水・木・金・土と呼ぶが、これは太陽、月、そして五つの惑星を表す「七曜」の考え方に由来するものだという。
私が面白いと感じたのは、東洋から中国にも伝わったそれらは敦煌の壁画にも描かれていたにもかかわらず、今の中国では曜日を「星期一、星期二、星期三……」というように数字で表すのが一般的になっている。その一方で日本では日・月・火・水・木・金・土という呼び方が、今も残っている。

中国を通って日本に伝わった暦の文化が、現代の中国では姿を変え、日本では元の形で継承されている。そのことが、とても不思議で面白かったし、長い歴史を通じて巡ってきた暦の考え方が、今も自分たちが何気なく使っている中に残っているのだと思うと感動した。

残念ながら石窟の内部は写真撮影が禁止だったため、外部からのみの撮影となった。

砂漠の大地に続く莫高窟の岩壁。遠くからでも、石窟が並ぶ様子が見えてくる。
莫高窟の入口付近。内部は撮影禁止だったため、見たものは記憶の中に残すことになった。
岩壁に沿って続く通路。ガイドさんに説明をしてもらいながら石窟をめぐった。

ゴビ砂漠|ラクダに揺られて

敦煌では、ゴビ砂漠にも行った。
砂漠と聞くと、ただ砂が広がっている場所を想像していた。
けれど実際に目の前にすると、砂の稜線や光の入り方がとても美しく、今回の旅行で最も感動を覚えた。

どこまでも続く、砂の山々。地平線の先まで続く砂漠。
かつてこの場所を、人やラクダが旅をしていたのだと思うと、まず「人ってすごいな」という感想が浮かんだ。

ここではラクダにも乗った。
ラクダに乗るのは初めてだったけれど、これがなかなか面白かった。
彼らの歩き方は独特で、右足と右手、左足と左手を同時に前に出すような動き方をする。
そのせいか、身体が左右に大きく揺れる。乗っているだけなら楽しいけれど、カメラを構えて撮影しようとすると、これがなかなか難しかった。
実は、これまで近くでラクダを見たことがなかったが、実際に見るととても可愛い動物だった。
砂が目に入りにくいように長いまつ毛があり、砂に沈みにくいように足の裏は大きく、水や食料が少ない環境でも耐えられるように、背中のコブには脂肪を蓄えている。
砂漠で生きるための体になっているのだと思うと、とても興味深かった。

そんなラクダの背中から見る砂漠は、地面を歩く時とは少し違っていた。
想像以上に高い目線で、ゆっくりと左右に揺れながら、砂の上を進んでいく。
視界の中にあるのは、砂と空と、前を歩くラクダの列。
キャラバンになった気分を味わいながら、砂漠散歩を楽しんだ。

私を運んでくれたラクダ。まつ毛が長く瞳孔は横に長く、ヤギに近いのかなと思った。
砂漠を歩くラクダの蹄は大きく、砂への荷重を分散させる。
稜に人が歩いているのが見えるだろうか?自然の中で人はあまりに小さい。

敦煌夜市|ずっと明るい夜の街

昼間に莫高窟や砂漠を見たあと、夜は敦煌の夜市へ行った。

これがまた楽しかった。
実は、中国国内は一つの時間帯で成立している。横に長く大きい国なのに、日本との時差はどこに行っても1時間なのだ。そのせいも加わってか、時間帯は夜遅くになっても、ずっと明るいという現象が起こる。上記の写真も、夕方に見えるが実は21時30分だ。ちなみに、湿度は低くカラっとしていて夜風が気持ちよく、ビールがとても美味しく飲める素晴らしい気候だった。

夜の始まりが遅いこの夜市には、観光客や現地の人まで多くの人が集まっていた。
欧州人、小学生と思われる現地の子供たち、いろんな人々が屋台に並び、楽しそうに談話している姿を多く見かけた。言葉はわからないけれど、幸せな空気感が充満していて私も満たされた気持ちになった。

敦煌は古い歴史のある場所だけれど、そこに今も人が暮らしていて、食べて、話して、歩いている。
その当たり前のことが、夜市に行くとよく分かる。
現代の夜市と昔のシルクロード(キャラバンルート)をそのまま重ねることはできないが、旅の途中で人が集まり、食べ、休み、また移動していくという大きな流れは、今も昔も変わらずに継承しているような気がした。

21時30分。夕方かと思うほどの明るさ。湿気が少なくとても過ごしやすい気候。
ようやく暗くなってきた。この時すでに23時を回っている。

敦煌で感じたこと

敦煌は、不思議な場所だった。文化が混ざり合っているという面白さを最も感じることができた。
中国でありながら、どこか中国だけではない。仏教、砂漠、シルクロード、中央アジアの空気、夜市の人間くささなど、いろいろなものが混ざり合って、ひとつの街になっているように感じた。

張掖では、地球の色と形を見ることができた。
敦煌では、そこに人の移動や祈り、文化の重なりが加わった。
今回の中国西域の旅は、広い大地を見て、砂漠を歩き、石窟の中に残る時間に触れ、夜の街を歩くことができた。

写真に残せたものもあれば、残せなかったものもあるけれど、家族3人で過ごせた楽しい1週間だった。

旅前編|張掖

本旅の前編では、張掖で訪れた3つの場所についてまとめた。
張掖七彩丹霞景区、平山湖大峡谷、そして馬蹄寺の3カ所での記事をまとめている。