原点は思い出から
WaterDog.、このプロジェクトの原点は、私自身の思い出からです。
かつて共に暮らしていたゴールデンレトリバーは、水が大好きで、よく潜って遊ぶ子でした。 水辺での彼女は、公園や広場で遊んでいるときよりも、ずっと真剣で、そして楽しそうで── まるで本来の姿に戻ったかのように、全身で水を受け入れていました。
彼女はもうこの世にはいません。 けれど日々の中でふと思い出すのは、家で寝ていた姿でも、散歩していた時間でもなく、 「泳いでいたときの彼女」です。 水をかき分け、目を見開き、息を止め、何かを追いかけるその一瞬。
なぜその光景ばかりが浮かぶのか? それはきっとそこに、「命そのもの」があったからだと思うのです。
しかし、その光景は頭の中にしか存在していません。
当時はまだ、カメラもなく、技術もなく、「撮る」という発想すらありませんでした。
だからこそ思います。
あのとき残せなかった「命の一瞬」を、いまの自分なら残せる。
それが、WaterDog.を始めた理由であり、 「原点」です。
本能を映すことが生きてきた証明になる
犬たちが水と戯れるとき、そこには飾り気のない本当の姿を見せてくれます。
しぶきをあげて飛び込む、前ぶりもなく顔を水に沈める、見えない何かを追って突然潜りはじめる。
その瞬間の目の奥には、「意図」や「演技」ではなく、ただ本能の姿です。
そして、それはいつもの「かわいい」ではなく、 「生きているという証明」。
WaterDog.は、生きている証明を形にするための試みだと思っています。

仄暗い渓谷で水しぶきを上げながら走る姿は圧巻。まさに本能100%の表情!
なぜ「作品」として残すのか
スマホで簡単に何千枚と撮れる時代に、あえて時間と労力をかけて残す。
それは、「記録」ではなく「物語」になる写真だからです。
一緒に過ごした夏。 水の中で目を開けていたこと。 潜ったときの息づかい。飼い主さんに見せた表情。
必死に泳ぎ、歯をむき出しにし、本能の証ともいえる表情を見せてくれた。
その全部を思い出せる1枚を、形にする──
そういう想いを持って、私はWaterDog.に取り組んでいます。
WaterDog.という表現が育っていく中で見えたこと
これまでの撮影を通して、私ははっきりと感じることができるようになりました。
WaterDog.が、単に「水中で撮れた写真」ではなく、犬という生きものが命そのものとして輝く一瞬だということを。
川底を掘る。
水しぶきを上げる。
全身で進む。
目を開け、息を止めて潜る。
水から出て、深い呼吸をする。
私が残したいのは、そうした動きに込められた「生の証」。
そして今、WaterDog.という表現は、その本質に確実に近づくことができたと感じています。

本格的な水中撮影に対応したこの装備は、犬の一瞬を水面下から正確に捉えるために不可欠な存在。
広角ZOOMレンズを中心に、犬の動きに対応する構成で挑んでいます。
最後に
WaterDog.はまだ、小さな試みです。
でも、犬が生きた証としてその命を「作品」というかたちで提示すること。
そして、共に過ごす時間を一つの想い出として昇華すること。
それがこのプロジェクトの本質であり、私の目指す先です。
ただ遊んでいる姿ではなく、ただ美しく撮るのでもなく、 「命の気配」を写し取る写真を、これからも丁寧に創っていきます。
WaterDog.一覧
撮影レポート、企画の背景、作品づくりの想いなど──
WaterDog.にまつわる記録を、こちらにまとめています。
